昭和のキッチンに吹き込む川の風

「持たない暮らし」なんていうカテゴリー作ってたんだね。

今日はまさにそのカテゴリーにピッタリのネタ。

 

私は「いまここの自分」が必要としない物に囲まれて生活していると

その物たちに心や時間の隙間を奪われ
結果として自分の人生を大切に生きられなくなると思っていて

なるべく物を持たない暮らしを心がけている。


今日はキッチンをできる限り広く使うための断捨離話。
キッチン家電についてはここ数年の間にだいぶ減らしてきている。
積極的に処分するというのではなくて壊れた時に買い替えないという形で。
 

大きいところでは「炊飯器」と「電子オーブンレンジ」かな。

 

オーブンレンジを買い替えないと決めた時に
自分の中から「お菓子作り」を処分した。

小さい子供がいなくなったここ数年は
クッキーを焼こうみたいな気持ちになることもないし。

お菓子作りを処分したことで軽くダンボールひとつ分くらいの

ケーキ型やクッキー型、大きなボール、電動泡だて器などを全て処分できた。
 

そう考えたら、子供が巣立ったことで不要となったものってたくさんある。

ホットプレートとかたこ焼き機とかも、子供とワイワイやってこそかなって。
 

コーヒーメーカーも処分した。

これはハンドドリップでなんの問題もないけれど

無意識に「大勢を家に招くこと」を処分したのだと思う。

 

と書いていくと「寂しくない?」って思われるかもしれないけれど
今の自分に必要ない、手に負えない、ある方が苦しい物なので平気。

で、今日はそのオーブンレンジや炊飯器が鎮座していたエレクター。
乗せるものがないのにあれば結局いろいろ乗せる。
たいていは缶詰とかインスタントものとか。
置くなら置くで効率的なように…とプラスチックのかごなんか置いて
ついついそれが増えて使うかどうかもわからない古タオル入れていたり。
そういうのが時々とてつもないストレスを私に与えてくる。

つまり。
このエレクターがあることがダメなんだよなぁ〜と。
たいてい不要な物が増える原因は、その物をしまう場所があるから。
私はそう思う。

というわけで、本日はまずそれを何とかするというところから。

まずは、他の部屋でこれを使う余地があるかどうか考える。
どう考えても…ない…あるとすれば外。
ベランダに並んでいる植木鉢とかを乗せたら便利そう。
棚として丈夫だし。
だけどベランダには前の家から持ってきてしまった木の棚が置いてあって
いや待てよ、あれ置いてあるだけじゃん、木製だから朽ちてきてるし。

何か乗せようにも乗せられず、見事に全く使われていなかった。
カマキリがその一角で産卵していたけれど、それはもう孵ってる。

こんなふうにひとつのものをどうにかしようと考えていくと
本当に要らなかったものはこれだった、ということはよくある。
まずはそのキッチンが狭い原因の元となっていた木製の棚をベランダから下ろして
夫が電のこで細かくしてゴミ化してくれた。
そしてめでたくエレクターを置く場所ができ(エレクター的第二の人生)
そこに使っていない植木鉢を置き、2段目には使っていない巨大水槽を置いた。
この巨大水槽はゴミじゃないの?ゴミじゃないんです〜。
冬になるとサボテンたちを入れて簡易温室となるから。

エレクターをベランダに出したらキッチンは急に広々した。
ほんの45×60のスペースが空いただけなのに。

ビフォアアフターするためにはビフォア写真が必要だったのに
それがないから誰にもわからないと思うけれど

こんなに広くなったんです(^^;…わからないよね。
つまり写真の中で右下に何かマットがかかったものがあるでしょ。
そこに件のエレクターが置いてあったんです。
それがなくなって、そのマットがかかってるものは…実はこれ。

備蓄の食品はこれに入れておく事に。
このアイスボックスは次男が少年野球をしていたころは活躍したんだけど
それから10年近く経って、今は冷蔵庫の上にただ飾ってありました。
結構な量入ります。それになんかの時はこれを持って逃げればいいし。
そうだ、どうせだから防災袋もここに入れておけばいいかも!

そして、このボックス、食品備蓄庫の他にも役割が。
実は我が家は脱衣所というものがなく
そのボックスの奥にみえている扉がお風呂。
キッチンからお風呂へ…という間取り。

なので、お風呂から出てくるでしょ。
冷蔵庫からビール取り出すでしょ。
そこにマットのかかったクーラーボックス食品庫があるでしょ。
クーラーボックスは頑丈でしょ。
そこに座って前を見ると、キッチンのベランダに続く掃き出し窓〜。


こーんな景色を見ながらプシュッとかできるわけですよー。
向こうに見えるのはいつもの湯殿川沿いの遊歩道です。
川から涼しい風が吹いてくるお気に入りの大きな窓です。
おうちに帰るアオサギ先生が横切ったりする窓なんです。
これから暑くなったらヒグラシとか聞こえちゃうんです。
ね。最高でしょ(^▽^)

そして、あれこれ整理した結果私のお料理スペースは
こんなにこじんまりとしまして昭和感たっぷりですが
なんともお気に入りのスペースになりましたー。

 

これが全てです!(笑)

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マスク池でゆっくり泳ぐ

布系手作りにかかわっている方や

仲間のほとんどがマスク沼でおぼれいてる模様。

ご多分に漏れず私もそうです。











経済的にも精神的にも「できることがあってよかった」と思うけど
始めたら始めたで生地や形をいろいろ試行錯誤するのも楽しいけれど
いろんな方がマスクの中にも「自分らしさ」を出そうとしているのも
自己表現的なマスクをオーダーされる方が増えてきたのも面白いとは思うけど。
 
けど!
 
ふとひと休みした時に口から出るのは「どうしたもんかなー」なんだよね。
でもどうしたもんかなーの選択肢はわからない。
とにかく今できることがあるんだからそれをやろうって…そこに戻る。
 
社会貢献とかみんなが喜ぶからとか必要とされているからとか
そんなふうな動機は私に向いていない。それはわかってる。
面白いから、楽しいから、作りたいから…そこに徹したい。
 
マスク沼で溺れるっていうのやめよう。
マスク池に飛び込んでゆっくり泳いでいるって言おう。
 
ま、どっちでもいいよね(笑)
今日も頑張ります。
アトリエ便り | comments(0) | -

疫病退散

なんと久しぶりにブログを書くことか!

書くことはたくさんありそうでなさそうな毎日。

とにかく今は先のことがわからなすぎて困ってはいる。

 

ひとつだけここ最近わかったのは

私は不要不急の外出自粛と言われても

言われる前の生活と何一つ変わらないんだなということ。

生活自体はね。

だけど売る場所がお店だけってのは・・・あかん(><)

 

世間よりだいぶ遅れて作り始めたマスク。

最初はこんな小さなお店でも近所の方がおずおずと

「すみません、ここって布マスクありますか?」と聞きに来るから「ハンドメイド屋の名が廃る」とか思って。。。

その後は休憩がてらに1日2、3枚とか。

 

でもこの1週間で気持ちが急に祈りの方向へ。

現実に向かっている行為をすることで現実逃避。

こんな感じ、わかってもらえるかな?

 

とにかく願いはひとつ

疫病退散!!!

 

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どんど焼き 2020

うちの夫は自分からどこか行きたいとほとんど言わない。

その夫がなぜかこのどんど焼きだけは楽しみにしている。
なんでだろ…わからない(笑)

 





この炎の迫力が好きなのかな。

今年も達磨さんたちに穢れを払っていただきました。


私は甘酒に日本酒を足して飲むのが大好き。

美味しかったー(^▽^)
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八王子手仕事アートマーケット 2020-1

2020年初の八王子手仕事アートマーケット。

今回、場所の関係で珍しく夫(小幸工房)のお隣で開店。
みんなが「珍しいねー」というほど、ほんと珍しい。
 
予想よりずっと暖かい一日でした。
お正月明けで何となく人出は少なかったけれど
その分出店者さんと情報交換したりして
とても楽しい一日でした。
 
また来月お会いしましょう―。





久しぶりのkuku工房さん。

クマ花メガネさんのところで木の実詰め放題♪

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父がいたら・・・

年末の最後の仕事は、普段使っていない漆器を磨くこと。
これはいつの頃からか、私の中で決めていることなんだけど
よく考えたら実家にいた頃は父がしていた事で
父が亡くなってから私が始めたのだろう・・・
とこの年末年始にふっと思い出していた。


特に錦塗りの四段重は、若いうちに亡くなった父の母親が
嫁入りの際に実家から持ってきたという。
立派なものではないかもしれないが、結構古いものであるのは確か。

祖母の実家、そこにはどんな人たちがいてどんな生活をしていたのだろう。
「津軽塗は好きじゃない」と言ってそれを使わなかった母を
父はどんな思いで見ていたんだろうなー。

父の姉は今も健在。
その早逝した母親に顔が似ているらしい私をとても可愛がってくれて
私の方も、自分の母は高校の先生をして忙しかったので
この叔母を育ての母くらいの気持ちを持っている。
その叔母が「あのお重使ってくれてありがとう」といつも言う。

というようなファミリーヒストリーもあり

私は毎年このお重に「とりあえずなにか詰めなくちゃ!」と思う。

手作り品は年々減ってきてるけど、まぁ何かしら詰めるのだ(笑)


父は工業試験場で県の産業振興の研究みたいな仕事をしていた。
昔「イカの骨の再利用」みたいな研究をしていた時は
随分面白いなーと思って話を聞いた記憶がある。


その父が晩年力を入れていたのが安定した漆芸部門だった。
おそらく父は漆の配合やら顔料の種類、ムロの中の湿度や温度
そういう物を一定にして職人の勘の部分を減らそうとしていたのだと思う。

昔なら師匠と呼ばれたような職人さんたちも
自分たちが食べていくのに精一杯で
弟子を取れなくなりつつあるこの時代。
それでも県の大産業である漆器を廃れさせないためにとか
大学で漆芸を学ぶ時に分かりやすくするためにとか
そういう理由だったと思うけど
いろんな制作過程を数値化しようとしていた。(のだと思う)

私が小幸さんと結婚した時、ちょうど父はその仕事の真っ只中にいた。
小幸さんは当時ヘラブナ釣りが趣味で
よく家でそのための道具を作っていた。
ヘラブナ釣りはなにやら贅沢な魚釣りで
孔雀の羽の芯に削ったものに漆を塗る。
それを副業みたいにしていた時もあった。

そういう人だったので、私の父とはだいぶ話が弾んだらしい。
だけど2人が会ったのはたったの1度だけ。
「娘さんと結婚します」みたいな事を言うために
わざわざ青森まで足を運んでくれた時、その時だけ。

父はその後まもなく心筋梗塞で突然亡くなった。

考えても考えても、これは残念なこと。
今、父が存命だったら漆器作りに傾倒している夫と
どんなに充実した関係になっていただろうって思う。

分からないけどね。
物静かそうに見えて、夫も父も妙に頑固で熱いところあるから

案外言い合いになったりする場面もあったかもしれない。

だけどそれでもいいから、2人が漆について
これからの漆の展望について話している姿を見たかったな。

ちなみに、小幸さんが器としての漆を作り始めたのは父が亡くなってから。
その真摯な姿勢を見ていると・・・

父親が憑依してるんじゃないかな、と密かに思っている。
へ(ºº へ)ヒュウ〜〜〜〜

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おみくじ

昨年のおみくじ。

その言葉を目にした途端に感涙したものでした。
そして1年間の心の支えにしてきました。

そして今年のおみくじ。


はい!分かりました。
焦らずペースを守って今年も進みたいと思います。

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2020 元旦

明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。

昨年は「今まで参加したことのない大きなイベントに出る」達成。

今年も、これまでしなかった事をひとつでも出来たらいいなと思います。

そのために必要なのはとりあえず「健康」です。
自分だけではなく家族中の健康を祈念しに恒例の阿佐ヶ谷神明宮へ。





にしても今年はどうしてこんなに混んでるの!?
何かのために並ぶというのがとても苦手な我が家だけど
こればっかりは目的のために並ばねば。
今年の並び初めとなりました。
でもちゃんとご褒美が〜!


ワカケホンセイインコですね。
都心近くの町のあちこちで群生の報告がある鳥さん。
けたたましい声で鳴いて飛び交っていました。

これは私にとっては正しく吉兆!
今年も鳥さん愛に邁進したいと思います(^^)v

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2019 ありがとうございました

令和元年の大晦日です。
まだ布団に足を突っ込んだまま、部屋が温まるのを待っています。
みかん食べながら。
新日本風土記の蕎麦特集見ながら。
蕎麦好きだった長男を思いながら。
この春には家を出る次男を案じながら。

今日はこれから煮染めを作り
鶏の松風焼きを作ります。

夜は年越しそばを食べて
いろいろテレビをはしごして
年が明ける頃に近くのお稲荷さんに行きます。

今年はとにかく1年が早かった。
今まででいちばん早かった気がしています。

自分がやっている物作りについて
作る物も売り方も、いろいろ試してみた1年。
その辺についてはこれという結論は出ていないけど
ぼちぼちやっていってみよう
結論は時間が持ち込んでくる、そう思っています。

新しく迎える歳。
子年。
ネズミは猫を騙し、ちゃっかり牛の背中に乗って
神様へのご挨拶に一番乗りしました。
そんなふうに世渡り上手にはなれそうじゃないけど
辛くない方、しんどくない方へと
考え方くらいはシフトしていきたい
そのくらいは利口になりたいと思ったりします。

年内お世話になった皆様に感謝しています。
今年お会いした全ての方の来る年の幸せを祈っています。
私は来年もそんなに変わることなく細々とやっていきます。

細かい目標は色々ありますが
有言不実行はかっこ悪いので書きません。

さてと、そろそろ布団から出ましょう。
いいお天気ですね。
まずは出汁をとるあたりから始めましょうか。

とにかく次の年もひたすら穏やかな1年でありますように。

2019年、最終ブログでした。(a.m.8:45)

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年末の想い

年末の朝。

今日の私は来年の私にひとつ申し送りをする。
今流行の言葉で言えば「卒母」だ。

私はもともと自分が大切なタイプだったから
二人の息子に「こうなって欲しい」というものはなく
「一生続けられるような好きな事を見つけてくれたらいいなぁ」
と思っていたのみで、だからやりたいと言ったことは

状況が許す範囲ではあるけれどやらせてきた。

やり続けたいことを見つけてさえくれればあとは本人が

我慢すべきことはして、やるべきことはして、人とのコミュニケーションも考え

何かしらの持っている能力を延ばす努力もして…

まぁ、大切なことはそこから学ぶだろうと。

 

昔のブログなどを読むと、親にできることは

「人生は楽しいっていう姿を見せること」とか

「子供の好きなご飯を作ってあげるのが親としての応援」
とかものすごく偉そうに書いているんだけど
今になると「結局自分の好きな事してるのは私自身じゃん」と思ったりするけど。

 

そんな中で、自分の親っぷりがすべて否定される出来事があって。

そこから4年半…なかなかに苦しい時間を生きてきた。
 
その苦しみの原因は、ものすごく心配性になったこと。
先のことを心配するとか、転ばぬ先に杖を持って待ってるとか
そういうのとは本当に遠いところにいたはずだったのに
むしろ「失敗して学べ」くらいに思っている方だったのに
その出来事のあとは大学生の次男に対してものすごい心配性になった。
 
今までなら気にしなかっただろう全てのことが気になった。
そして例えば連絡がなく帰ってこないとか
アルバイトのし過ぎで疲れ切ってる姿を見た時
そういう「大学生だもんなー」で済ませていいような場面とか
彼女や友達ともめた…みたいな話を聞くたびに
「この子、死ぬんじゃないかな」って思ってしまうのだ。

どこで何をしているかわからない次男の帰りを待つ夜に震えたり
帰ってこない次男に「何時に帰る?」と送ったものを未読無視されて布団かぶって泣いたり
まぁ、病んでるよね…と自分でも思うことは何度も何度もあった。

 
自分の中ではわかっている。
これはトラウマみたいなものだろうって。
心配しなくていい。
死ぬかもしれないなんていう思いは
次男の生きる力を全否定することになる。
思うこと自体が次男への裏切りなんじゃないか?
でも思うことは止められない。
口に出さなければいいと自分に言い聞かせた。

また、次男が絶対に死なないように、できれば傷つくこともないように
なんてことを思ったら、ものすごく縛り付けなければならないわけで
それはある意味では長男の選んだ道を否定することにもなる。
彼は彼なりの人生の春夏秋冬を生きたんだと解釈している。
死を否定したくない…でも…みたいなそんな辺りをグルグルしてきた。

あーしんどかった。
もうやめた。
本当にやめた。
さよなら心配性。
もっと言えば、心配性の裏に隠れた
「いい親にならなくちゃ」の脅迫概念さんにさようなら。

 
私は長男も次男もとても大切に思っている。
できないこともたくさんあっただろうけど
子どもたちの存在は常に頭の中にあって
何かを決めるにあたっても常に優先順位は自分よりは上に置いてきた。
もうそれだけでいいや。

わかってくれてもくれなくてもそれもどうでもいい。
次男はもうすぐ社会人になり家を出る。
どんなに心配しても手の届かないところに行く。
たぶん、次男もそれで救われることもあると思う。
私もホッとしている部分もある。

家族に大きな出来事があってもその出来事に対する家族の思いはそれぞれ。
タイミングもそれぞれ。前に向かう方法もそれぞれ。
家族で思いを共有するとか支え合うとか、ほんと難しい。

トラウマでもなんでも、もう残った大人3人で
それぞれが抱えて行ったり、乗り越えて行ったりしようぜ。

長いわりにまとまらないことを書いたけれど
私は来年は自分を取り戻す1年にするって決めました。
それをここでこっそり宣言しておこうと思います。
意味不明な文章ですみません。
日記みたいなもんです。
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