User-agent: Twitterbot Disallow: yuhi | ベンチに腰かけて・・・

年が明けてすぐの頃(もしかしたら初夢?)
久しぶりに息子の夢を見た。

この1年に何度か夢に出てきてはくれた。
だけど夢の中で彼はいつも死んでいた。
あちらの世界から尋ねてきた設定。
ぼんやりと表情のわからない顔で
いつも少し辛そうにしていた。
ある時には夢の中で発熱していた。

「こっちはそんなにもつらいんだね」と聞くと
「うん」と頷いてフラフラになっていた。
「もう帰っていいよ。また来てね」と送った。

なにか大勢集まっているところに来て
部屋の隅っこで膝を抱えて座っている時もあった。
あの時も膝に額をつけて辛そうにしていた。
私はただ黙って彼の頭を撫でていた。

しんどそうな夢ばかり・・・。

だけど今年になって見た夢で
彼はあちらから来た人ではなかった。

誰かが廊下に何か水みたいなものをこぼして
私は「もう〜(`_´)」とか言いながら
雑巾でそれを拭いている。
息子はそれを椅子に座って
少し振り返り気味に見ていた。
「ごくろうさん」って軽く思ってる感じで。

初めてだね。
まるで生きている時みたいな姿。

つらさから放たれたのは彼の魂か。
私がなにか変わったのか。

私はこの夢をスピリチュアルに考えるには
ちょっと現実派なのかもしれない。

夢は脳が何かを整理するために見ると思っている。

そしてこれまでは息子にとっては
この世よりあちらの方が居心地がいいのだ
そう思うことで、そういう夢を見ることで
死を受け止めようとしたんだと思う。

そして今はもうどんな夢でも
とにかく彼の顔を見られれば嬉しい。
目覚めた時にそれが現実ではない事で
涙にくれるということも多分ない。
多分ってのは、本心。
日によっては・・・程度の不安定はまだあるから。

でも、なにかがちょっと変わったのかもしれない。

そんな気持ちで過ごしている今年の始まり。
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思いがけないお花

真夏日?と思うほど暑い中
庭でこんな写真を撮ってました。







その時、ふと来客の気配。
家に戻ってみると「わ!お久しぶりです」な方が。

息子の葬儀でお世話になった千の風のSさん。
昨年末のクリスマスパーティー以来。

というか、葬儀社の方とは普通そんなに、というか、
御用がなければずっと会わないものかもですよね。
他で葬儀をしたことがないからわからないのですが。。。

お元気そうで何より!とか思いましたが
それってもしかしたら思われる側でしょうか?(笑)

そしてそして。
こんな素敵な贈り物をいただきました。


えっ?えっ?
あまりに思いがけなくて、おもわず涙ポロり。
一瞬、息子が天国から花を送ってくれて
それをSさんが息子に頼まれて持ってきたのかと
そんなふうに感じて頭がクラリとする感覚。

そう。1年たつんですよね、もうすぐ。
息子が旅立ったのは昨年の母の日でした。

正直、ゴールデンウィークが近付くにつれて
少し気持ちもふさぎ気味でした。
イベントの多い、盛り上がる季節だったはずなんですが・・・
実は今年も連休中は引きこもっていたりします。

1年前、いろいろな方が「時薬」と言ってくれました。
当時は信じることが出来なかったけれど
今はむしろ「時間にしか解決出来ない事があり
それを時間以外で解決しようとすると捻れる」
そんなふうに思ったりしています。

そしてせっかく効いてきてくれた時薬なのに
一回忌のこととか納骨のことを考えると
自分の中の時計の針が逆周りしてしまいそうなので
「全部やらない。ごく日常の中の一日として過ごす!」
と宣言したばかりでもあります。

時間が戻ってしまうことが怖いです。
一年以上戻るなら大歓迎ですが。
あのトンネルの中にはもう戻りたくない。
たぶん、トンネルは抜けるためにあるんですよ。
戻ってはいけない場所なんですよ。。。

そんな感じなので。
今年の命日は、息子が住んでいた川越に出向いて
彼が大好きだった街を歩き、神社に詣り
彼が大好きだったお蕎麦屋さんで
彼をよく知っている人とおそばをすする予定。

そうそう。
最近、グリーフサポートというものを知り
いろいろ調べたり本などを読んでいるのですが
今、千の風さんからいただいたお花を眺めながら
これもグリーフサポートだなぁと感じています。

私、次男にはやめた方がいいと言われるんですが
どうにも辛くなると、あの会場を見に行きます。
車で前を通るだけの時が多いけれど。
そこは息子はもういないという事を
思い知る場所でもあるけれど・・・
それでも、なんだろうな・・・なんか気持ちが暖まります。

これもセルフグリーフケアになっているのだと思います。
悲しく寂しくつらい旅立ちの日ではあったけれど
息子らしい空間で、息子にかかわりのあった人だけで
ひとつにまとめることのできなかった息子の人生が
あの場所でだけひとつにまとめることが出来て
空に帰って行ったのだよなぁと、そんなふうにあの建物を眺めます。

そんなお話をしたら
「千の風は喫茶店だと思ってください。
葬儀とかやってない時はいつでもどうぞ」
と言っていただきました。

今度お茶飲みに行きます(笑)
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キャンドルクリスマスコンサート

今年のクリスマスは次男と2人でキャンドルコンサートへ。
場所は息子の葬儀でお世話になった「千の風 八王子斎場 くぬぎだ」

別に宗教的な集会ではなくて
「不謹慎なくらい楽しんでいただければ」
というスタッフの方の言葉に
集まったみんながにっこりする様なイベント。

日々、喪失感に上下する心を抱えて
それでもなんとか乗り越えているような毎日の中で
どうやって過ごしたらいいかわからないような日ってある。

今日はそんな日のひとつ。
たぶん集まった方がみんな同じだと思う。
だから、とってもとってもありがたい趣向だなって感じる。





目にも口にも美味しいスイーツバイキング。

そしてすばらしいピアノの生演奏、というか立派にコンサート。
ピアニストは息子の葬儀、出棺の際にミスチルを弾いてくれた方だ。
「今日はミスチル弾かなくってごめんなさい〜」
と声をかけて下さったので
「いやいや、ミスチルなんて弾かれたら
 私、号泣して帰らなくちゃならなくなりますから」と。

いや、ほんとなんです。
あの日以来、あの曲は聴けなくなっていて
新しいアルバムに入っているのだけれど
その曲だけ除いたCDを車に積んでいるんですから。

それはともかく、選曲といいお話といい
集まった誰もがゆっくりと微笑んでいて
厳かでもあるけれど暖かい空気の流れている空間だった。


お土産に頂いたポインセチアはにーちゃんに。

いいね、神仏習合のみならず
うちの神様は国境も越えるのだ。
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お礼を兼ねてのご紹介

息子の通夜、葬儀の時・・・
知り合いの方にとてもお世話になった。

時間がだいぶ経ってしまったけど
お世話になった方たちへのお礼になれば…
という気持ちをこめて、ご紹介しておこうと思う。

まずお通夜のときのお料理。

バンドの友達などが多いだろうという事で
手でつまめるもの、ビールのおつまみになるもの
若い子たちが好きそうな物ということで急に頼んだ。

どこに頼んだかと言うと…
八王子片倉のカフェ「こすもす」…おなじみの。
私がたまにお手伝いをしているNPOのパン屋さん。
上の写真のサンドイッチとオードブルが4皿ずつ。
私の友人が「とても美味しい」と言ってくれた。

急なお願いだったのに、用意して下さって。
時間ぴったりに運んで下さった。
感謝しても仕切れない。
ありがとうございました。


それから、今回、家族葬のつもりだったので
お香典返しのようなものは用意しなかったのだけれど
後日、息子の勤め先にだけお菓子の詰合せを送った。

店舗なので、スタッフや音楽教室の先生が
いつでもつまめるようにという個別包装のクッキー。

こちらは八王子田町の「manna」さんに頼んだ。
息子のいた店舗用と銀座の本社用。

ト音記号なのは楽器店兼音楽教室だから。


こすもすもmannaさんも忙しい中を
本当に心のこもったものを作って下さって。

あ。そうだ。
mannaさんには火葬の時に待合室で食べるための
クッキーもたくさん焼いていただいた。
あー、写真がなくて残念。

本当にありがとうございました。

八王子にはこういうお店がありますよ、というご紹介でした。

それから、重ね重ねになりますが
お付き合いのあるところがあるでしょうに
こんな私達のわがままを聞いてくださった
「千の風 八王子斎場」様に改めて感謝なのです。

追記。
何気にカメラマンを努めていてくれた次男。
全てのお花、お料理を写してくれていたんだね。
ご苦労様でした。ありがとう。
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お茶のみながら


ドトールでガソリン補給がてらコーヒータイム。

いろいろと後回しにしていた諸手続きにまわり
ひと休みしながら、めずらしくスマホから投稿。

一進一退しつつの日々です。

2年半しか使ってない無印良品の家電が
無料でしか引き取ってもらえない残念さとか
洋服を処分する際、思わずCKのだけ抜いたりとか
そんな自分の現実的なさもしさを感じつつ。

川越に行く時はいつも誰かお友達がいてくれて
一人で片付け作業をしなくていい事とか

時折発作のように襲ってくる悲しみを
いつもいつも受け止めてくださる方の存在とか

息子が職場で予約しておいてくれた
ミスチルのnewアルバムを
職場の方がご好意で送ってくださる事とか

とにかく人間ってこんなにも心暖かなんだ
と、ただひたすらそのことに感謝しつつ
毎日、今日は昨日より少しでも元気でありたい
そう思っています。

いろいろな後悔も、ほぼ一周しました。
後悔、先に立たずってその通りなのですが
先に立たずな後悔を今更しても仕方ないので
謎のことは謎のままでいいやーと
今はまだ努めてそう考えようとしている自分です。

本心でそう思えたらもう大丈夫なのでしょうね。

まだしばらくは川越と八王子を行き来します。
だいぶCDや楽器も減ってきました。

明日、バンド仲間の方が川越に来て下さいます。
何か使えるものとかあればお渡しして、、
それが知ってる方に貰っていただくのは最後。
その後は業者の方になるべく高値で買い取って頂き
八王子のどこかにお墓を買いたいと思っています。

本当は無期限で手元に置いておくつもりでしたが
このところ大きな地震が続いているので
万が一の時、私はこの骨壷持って逃げられないから
やはりどこかに安置すべき、と思い直しました。

まぁ、いろいろ大変です。
でも、とにかくこうなってしまうと
あの子にしてあげられることはもうそんな事だけなので
できる限りのことをしてあげて
私の長男子育てを終わりにするつもりです。

とか言っても、本人がそれを望んでるかどうか
なんてなーんにもわかりません。
ようするに親の自己満足です。

死んじゃうってそういう事です。
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ある意味、閲覧注意。ただのひとりごと。

家族の為だけのご飯を作る。
暗くなってからしか家を出られない。
そんなだめっぷりをしておりました私です。

なんですかね。
 
気枯れした自分にお水を上げることすら心が拒否してました。

でも。

昨日、息子が10年近く通っていた主治医のところに
ご挨拶といろいろなお話をしに行ってきました。

主治医様、今回のことを医学的にどうとか何も言わず
驚きもせず、どうして?と理由も聞かず
ただ私の簡単な説明を聴き
まずはただ肩を落としてふぅーっとため息をつきました。
そしてこう言いました。


今の世の中で生き延びるためにわたし達はずるくなるし、汚れていく。
だけど彼は常に純粋で、自分が汚れるのを拒絶し
自分を浄化しよう浄化しようともがいていた。
彼とは10年近くの付き合いだけど、最初ここに来た時と最近とで
魂は何も変わっていなかった。いつも痛々しかった。

自分の中に汚れを取り込むまいとする気持ちや
自分の中の醜さを浄化しようとする方法が
時に喜怒哀楽の激しさと言う形で出るし
音楽にもなるし、神の世界に惹かれたりもしただろう。

だけどあの透明でありたいと願う気持ちのままではこの世は生きづらい。
本当に辛いんだ。そのくらい世の中は汚れているんです。

彼によく頑張ったと言ってあげてください。
お母さんは毎日常に心で彼を褒めてください。
27年、よく頑張ったと誇りに思ってあげてください。


最後に私に。

彼が自分で言う通り、彼は音楽や生き方だけではなく
お母さんに三倍速で苦労もかけたし甘えもしたのでしょう。
満足したのだと思いますよ。

不思議なもので49日の頃になると
お母さんの中で彼の声が聞こえるようになります。
耳をすませてあげてください。必ずそうなります。

これからはお母さんが困ったとき必ず助けてくれます。
子どもの愛は親以上に無償ですから。

彼の話をしたくなったらいつでもここにいらっしゃい。

本当に先生の声は神様の声みたいにお部屋で聞こえました。

そしていろいろな事の謎も解けました。


存在して当然だった一人の人に
もう永久に触れられなくなるというのは
本当に寂しいし悲しいし悔しいです。
それは確かです。

死を再生へのスタートだなんて思えないです。

だけど。
親より先になんて親不孝…とも思えなくなっています。

だけど。
本人が書き残した言葉ですが
「俺の人生は三倍速だった」
というのは本当だったと感じています。

もちろん人は寿命まで生きていくのが勤めです。
それは絶対にそうです。

死を美化しちゃだめなのも当然です。

そういう意味で、このブログのタイトルも「閲覧注意」なんですが
これはほんとに、こんな事になった母親の
気持ちの落とし所だと思ってください。

息子の三倍速人生を私は認めたい。

たぶん、彼のそばにいたほとんどの人が
もがいて生き急いでひたすらだったこと
納得してくれると思います。
「そうだったな」って思ってくれると思います。

これからは先生の言うとおり
「27年間、よくがんばったね」
と話しかけながら一緒にいようと思います。
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ご心配をおかけしました。

今までもいろんなことがありましたが
これよりひどい事は人生に二度とないだろうという経験をしました。

あー、ツイッターの方ではもういきなり
今までお世話になった方たちを総ブロックして
長々と(自分にとっては1時間程度に感じてました)
うだうだうだうだと感情をむき出してしまいました。

もう、それはそれで取り返しが付かないので…というか
ツイッターやってて良かったという気もしていますので
もうそれはそのままアカウントごとなかったことにして
それが自己防衛だったのだと自分に言い訳をして
ま、ぼちぼちとリアルなお付き合いに戻れるもんなら戻りたい
そんなふうに思い始めた今日であります。

これまでの27年を思えば
彼としか分かり合えなかったことがあまりに多く
大変だった分、喪失感と言うか同志をなくした思いというか
良い時も悪い時も一緒だった彼の不在は
本当に私自身の半分がどこかにいっちゃう感じで。

でも。
今日、彼とずーっとやり取りしてきたメールを読み直して
まぁ、私は彼に伝えたいことは伝えてきたと改めて思い
それでもそういうことがブレーキとならなかったという
悔しさ、無力さは本当に不意に襲ってくるんですが
やれる事はやったんじゃないかな
言えることは伝えたんじゃないかな
と思えて来た気がします。

ま、そうは言っても自己弁護なんですけど。
何を考えても「自己弁護だよ」という自分の突っ込みがあり
それがとてもしんどいんですけど・・・
でも、ここでボケてしまう訳にもいかないし
次男はまたまた受験前の試練ですが(前回もそうだった)
今「生」の中にあるものは明日のために動かなくちゃ
・・・そんなふうに思っています。

一人暮らししていたため、これから少しの間
その片付けに通ったり、いろいろあります。
これがまた大変なんです。
音楽やってたんで。
わけのわからないものがほんと山積みで。

でも、彼のバンド仲間やギターの生徒さんが
あれこれと手伝ってくれるので何とかなるのかもしれないし
ならないのかもしれません。

最後に、今ではなくてずっと前ですが
息子がツイッターに書いているのを見つけました。

 「俺に何があっても「自分で決めたんでしょ」って
  自分の道を進んでくれそうな母親を見ていると
  色々な意味で肩の荷が下りるなぁ…。」

いやいや、限度がありますって。
でも、基本的にそんな接し方してきました。
だから、そろそろ「自分で決めたんでしょ」って
いって送らなくちゃな・・・と、そんなことも思ってます。

作家さんがみんな待っててくれてる。
ありがとう。
生徒さんも待っててくれてる。
本当にありがとう。

夏の夕方の風が心地よくなり、ヒグラシの声がする頃には
まだ汗ばむアトリエでミシン踏んでいられたらいいな
そのくらいの長いスパンで考えています。

お心を寄せて下さった皆様に感謝しています。
では、とりあえず久しぶりにPC起動記念日の一筆でした。

またね。
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