しばらくお休みします。

諸事情によりしばらく手作り活動はお休みさせてもらいます。
少しの間、待ってもらえるとありがたいです。

長男が亡くなりました。
今週、家族、友達葬で送ります。

半田雄翔(享年27歳)

通夜 5月14日(木) 18時〜
告別式 5月15日(金) 12時30分〜13時30分
東京都八王子市椚田町535−15 千の風 八王子斎場 くぬぎだ
0120−997−541

私の気の回らなさで連絡できないお友達とかいるかもなので
日程貼って置きます。
さらにもし本人に会いに来てくださる方がいらっしゃいましたら
事前にbluebench1213@gmail.comに連絡を下さるとありがたいです。

でも、本当に小さい会場なので
本人のお知り合いの方以外の方は
後日、私とお茶でも飲んでください。

なんだか文章も失礼な書き方になってるかもしれませんが
どうか許して下さい。

失礼いたします。
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ご心配をおかけしました。

今までもいろんなことがありましたが
これよりひどい事は人生に二度とないだろうという経験をしました。

あー、ツイッターの方ではもういきなり
今までお世話になった方たちを総ブロックして
長々と(自分にとっては1時間程度に感じてました)
うだうだうだうだと感情をむき出してしまいました。

もう、それはそれで取り返しが付かないので…というか
ツイッターやってて良かったという気もしていますので
もうそれはそのままアカウントごとなかったことにして
それが自己防衛だったのだと自分に言い訳をして
ま、ぼちぼちとリアルなお付き合いに戻れるもんなら戻りたい
そんなふうに思い始めた今日であります。

これまでの27年を思えば
彼としか分かり合えなかったことがあまりに多く
大変だった分、喪失感と言うか同志をなくした思いというか
良い時も悪い時も一緒だった彼の不在は
本当に私自身の半分がどこかにいっちゃう感じで。

でも。
今日、彼とずーっとやり取りしてきたメールを読み直して
まぁ、私は彼に伝えたいことは伝えてきたと改めて思い
それでもそういうことがブレーキとならなかったという
悔しさ、無力さは本当に不意に襲ってくるんですが
やれる事はやったんじゃないかな
言えることは伝えたんじゃないかな
と思えて来た気がします。

ま、そうは言っても自己弁護なんですけど。
何を考えても「自己弁護だよ」という自分の突っ込みがあり
それがとてもしんどいんですけど・・・
でも、ここでボケてしまう訳にもいかないし
次男はまたまた受験前の試練ですが(前回もそうだった)
今「生」の中にあるものは明日のために動かなくちゃ
・・・そんなふうに思っています。

一人暮らししていたため、これから少しの間
その片付けに通ったり、いろいろあります。
これがまた大変なんです。
音楽やってたんで。
わけのわからないものがほんと山積みで。

でも、彼のバンド仲間やギターの生徒さんが
あれこれと手伝ってくれるので何とかなるのかもしれないし
ならないのかもしれません。

最後に、今ではなくてずっと前ですが
息子がツイッターに書いているのを見つけました。

 「俺に何があっても「自分で決めたんでしょ」って
  自分の道を進んでくれそうな母親を見ていると
  色々な意味で肩の荷が下りるなぁ…。」

いやいや、限度がありますって。
でも、基本的にそんな接し方してきました。
だから、そろそろ「自分で決めたんでしょ」って
いって送らなくちゃな・・・と、そんなことも思ってます。

作家さんがみんな待っててくれてる。
ありがとう。
生徒さんも待っててくれてる。
本当にありがとう。

夏の夕方の風が心地よくなり、ヒグラシの声がする頃には
まだ汗ばむアトリエでミシン踏んでいられたらいいな
そのくらいの長いスパンで考えています。

お心を寄せて下さった皆様に感謝しています。
では、とりあえず久しぶりにPC起動記念日の一筆でした。

またね。
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ある意味、閲覧注意。ただのひとりごと。

家族の為だけのご飯を作る。
暗くなってからしか家を出られない。
そんなだめっぷりをしておりました私です。

なんですかね。
 
気枯れした自分にお水を上げることすら心が拒否してました。

でも。

昨日、息子が10年近く通っていた主治医のところに
ご挨拶といろいろなお話をしに行ってきました。

主治医様、今回のことを医学的にどうとか何も言わず
驚きもせず、どうして?と理由も聞かず
ただ私の簡単な説明を聴き
まずはただ肩を落としてふぅーっとため息をつきました。
そしてこう言いました。


今の世の中で生き延びるためにわたし達はずるくなるし、汚れていく。
だけど彼は常に純粋で、自分が汚れるのを拒絶し
自分を浄化しよう浄化しようともがいていた。
彼とは10年近くの付き合いだけど、最初ここに来た時と最近とで
魂は何も変わっていなかった。いつも痛々しかった。

自分の中に汚れを取り込むまいとする気持ちや
自分の中の醜さを浄化しようとする方法が
時に喜怒哀楽の激しさと言う形で出るし
音楽にもなるし、神の世界に惹かれたりもしただろう。

だけどあの透明でありたいと願う気持ちのままではこの世は生きづらい。
本当に辛いんだ。そのくらい世の中は汚れているんです。

彼によく頑張ったと言ってあげてください。
お母さんは毎日常に心で彼を褒めてください。
27年、よく頑張ったと誇りに思ってあげてください。


最後に私に。

彼が自分で言う通り、彼は音楽や生き方だけではなく
お母さんに三倍速で苦労もかけたし甘えもしたのでしょう。
満足したのだと思いますよ。

不思議なもので49日の頃になると
お母さんの中で彼の声が聞こえるようになります。
耳をすませてあげてください。必ずそうなります。

これからはお母さんが困ったとき必ず助けてくれます。
子どもの愛は親以上に無償ですから。

彼の話をしたくなったらいつでもここにいらっしゃい。

本当に先生の声は神様の声みたいにお部屋で聞こえました。

そしていろいろな事の謎も解けました。


存在して当然だった一人の人に
もう永久に触れられなくなるというのは
本当に寂しいし悲しいし悔しいです。
それは確かです。

死を再生へのスタートだなんて思えないです。

だけど。
親より先になんて親不孝…とも思えなくなっています。

だけど。
本人が書き残した言葉ですが
「俺の人生は三倍速だった」
というのは本当だったと感じています。

もちろん人は寿命まで生きていくのが勤めです。
それは絶対にそうです。

死を美化しちゃだめなのも当然です。

そういう意味で、このブログのタイトルも「閲覧注意」なんですが
これはほんとに、こんな事になった母親の
気持ちの落とし所だと思ってください。

息子の三倍速人生を私は認めたい。

たぶん、彼のそばにいたほとんどの人が
もがいて生き急いでひたすらだったこと
納得してくれると思います。
「そうだったな」って思ってくれると思います。

これからは先生の言うとおり
「27年間、よくがんばったね」
と話しかけながら一緒にいようと思います。
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お茶のみながら


ドトールでガソリン補給がてらコーヒータイム。

いろいろと後回しにしていた諸手続きにまわり
ひと休みしながら、めずらしくスマホから投稿。

一進一退しつつの日々です。

2年半しか使ってない無印良品の家電が
無料でしか引き取ってもらえない残念さとか
洋服を処分する際、思わずCKのだけ抜いたりとか
そんな自分の現実的なさもしさを感じつつ。

川越に行く時はいつも誰かお友達がいてくれて
一人で片付け作業をしなくていい事とか

時折発作のように襲ってくる悲しみを
いつもいつも受け止めてくださる方の存在とか

息子が職場で予約しておいてくれた
ミスチルのnewアルバムを
職場の方がご好意で送ってくださる事とか

とにかく人間ってこんなにも心暖かなんだ
と、ただひたすらそのことに感謝しつつ
毎日、今日は昨日より少しでも元気でありたい
そう思っています。

いろいろな後悔も、ほぼ一周しました。
後悔、先に立たずってその通りなのですが
先に立たずな後悔を今更しても仕方ないので
謎のことは謎のままでいいやーと
今はまだ努めてそう考えようとしている自分です。

本心でそう思えたらもう大丈夫なのでしょうね。

まだしばらくは川越と八王子を行き来します。
だいぶCDや楽器も減ってきました。

明日、バンド仲間の方が川越に来て下さいます。
何か使えるものとかあればお渡しして、、
それが知ってる方に貰っていただくのは最後。
その後は業者の方になるべく高値で買い取って頂き
八王子のどこかにお墓を買いたいと思っています。

本当は無期限で手元に置いておくつもりでしたが
このところ大きな地震が続いているので
万が一の時、私はこの骨壷持って逃げられないから
やはりどこかに安置すべき、と思い直しました。

まぁ、いろいろ大変です。
でも、とにかくこうなってしまうと
あの子にしてあげられることはもうそんな事だけなので
できる限りのことをしてあげて
私の長男子育てを終わりにするつもりです。

とか言っても、本人がそれを望んでるかどうか
なんてなーんにもわかりません。
ようするに親の自己満足です。

死んじゃうってそういう事です。
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お礼を兼ねてのご紹介

息子の通夜、葬儀の時・・・
知り合いの方にとてもお世話になった。

時間がだいぶ経ってしまったけど
お世話になった方たちへのお礼になれば…
という気持ちをこめて、ご紹介しておこうと思う。

まずお通夜のときのお料理。

バンドの友達などが多いだろうという事で
手でつまめるもの、ビールのおつまみになるもの
若い子たちが好きそうな物ということで急に頼んだ。

どこに頼んだかと言うと…
八王子片倉のカフェ「こすもす」…おなじみの。
私がたまにお手伝いをしているNPOのパン屋さん。
上の写真のサンドイッチとオードブルが4皿ずつ。
私の友人が「とても美味しい」と言ってくれた。

急なお願いだったのに、用意して下さって。
時間ぴったりに運んで下さった。
感謝しても仕切れない。
ありがとうございました。


それから、今回、家族葬のつもりだったので
お香典返しのようなものは用意しなかったのだけれど
後日、息子の勤め先にだけお菓子の詰合せを送った。

店舗なので、スタッフや音楽教室の先生が
いつでもつまめるようにという個別包装のクッキー。

こちらは八王子田町の「manna」さんに頼んだ。
息子のいた店舗用と銀座の本社用。

ト音記号なのは楽器店兼音楽教室だから。


こすもすもmannaさんも忙しい中を
本当に心のこもったものを作って下さって。

あ。そうだ。
mannaさんには火葬の時に待合室で食べるための
クッキーもたくさん焼いていただいた。
あー、写真がなくて残念。

本当にありがとうございました。

八王子にはこういうお店がありますよ、というご紹介でした。

それから、重ね重ねになりますが
お付き合いのあるところがあるでしょうに
こんな私達のわがままを聞いてくださった
「千の風 八王子斎場」様に改めて感謝なのです。

追記。
何気にカメラマンを努めていてくれた次男。
全てのお花、お料理を写してくれていたんだね。
ご苦労様でした。ありがとう。
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キャンドルクリスマスコンサート

今年のクリスマスは次男と2人でキャンドルコンサートへ。
場所は息子の葬儀でお世話になった「千の風 八王子斎場 くぬぎだ」

別に宗教的な集会ではなくて
「不謹慎なくらい楽しんでいただければ」
というスタッフの方の言葉に
集まったみんながにっこりする様なイベント。

日々、喪失感に上下する心を抱えて
それでもなんとか乗り越えているような毎日の中で
どうやって過ごしたらいいかわからないような日ってある。

今日はそんな日のひとつ。
たぶん集まった方がみんな同じだと思う。
だから、とってもとってもありがたい趣向だなって感じる。





目にも口にも美味しいスイーツバイキング。

そしてすばらしいピアノの生演奏、というか立派にコンサート。
ピアニストは息子の葬儀、出棺の際にミスチルを弾いてくれた方だ。
「今日はミスチル弾かなくってごめんなさい〜」
と声をかけて下さったので
「いやいや、ミスチルなんて弾かれたら
 私、号泣して帰らなくちゃならなくなりますから」と。

いや、ほんとなんです。
あの日以来、あの曲は聴けなくなっていて
新しいアルバムに入っているのだけれど
その曲だけ除いたCDを車に積んでいるんですから。

それはともかく、選曲といいお話といい
集まった誰もがゆっくりと微笑んでいて
厳かでもあるけれど暖かい空気の流れている空間だった。


お土産に頂いたポインセチアはにーちゃんに。

いいね、神仏習合のみならず
うちの神様は国境も越えるのだ。
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もうすぐ1年

正直に言えば、あの日から2ヶ月は
ひとりで暮らしていた息子の部屋を片付けるために生きていた。

この2ヶ月で覚えていることといえば
川越に月、木と曜日を決めて通った事。
その時にいつも息子のギターの生徒さんがふたり
寄り添ってくれていた・・・それは忘れない。

その後の4ヶ月は・・・
もう息子に触れることが出来なくなったことの理由探しと
息子が生きていたという事実を形に残すことと
自分がこの先も生きていていいのかどうかを考える
それだけをしながら生きていた。

その後の半年は・・・
自分の生活を元に戻す事
それが多分息子も望んでる事
実際それが救いであった事
次男が受験を控えていた事
亡くなった息子を一日でも長く
覚えている人間であり続けなくては、と思った事。
そんなふうに思って生きてきたような気がする。

その間にいろいろな考え方も学んだ。
太古から宗教があった理由も理解した。
それが真実なのか、遺された者のためなのか
そこはまだ勉強中。

子どもを自死で亡くした方のブログもずいぶん読んだ。
その中で「みんな一緒なんだ」という事も学んだ。

それでもこんなに辛いのはどうしてなんだろう。
私は何を受け入れていないのだろう。
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思いがけないお花

真夏日?と思うほど暑い中
庭でこんな写真を撮ってました。







その時、ふと来客の気配。
家に戻ってみると「わ!お久しぶりです」な方が。

息子の葬儀でお世話になった千の風のSさん。
昨年末のクリスマスパーティー以来。

というか、葬儀社の方とは普通そんなに、というか、
御用がなければずっと会わないものかもですよね。
他で葬儀をしたことがないからわからないのですが。。。

お元気そうで何より!とか思いましたが
それってもしかしたら思われる側でしょうか?(笑)

そしてそして。
こんな素敵な贈り物をいただきました。


えっ?えっ?
あまりに思いがけなくて、おもわず涙ポロり。
一瞬、息子が天国から花を送ってくれて
それをSさんが息子に頼まれて持ってきたのかと
そんなふうに感じて頭がクラリとする感覚。

そう。1年たつんですよね、もうすぐ。
息子が旅立ったのは昨年の母の日でした。

正直、ゴールデンウィークが近付くにつれて
少し気持ちもふさぎ気味でした。
イベントの多い、盛り上がる季節だったはずなんですが・・・
実は今年も連休中は引きこもっていたりします。

1年前、いろいろな方が「時薬」と言ってくれました。
当時は信じることが出来なかったけれど
今はむしろ「時間にしか解決出来ない事があり
それを時間以外で解決しようとすると捻れる」
そんなふうに思ったりしています。

そしてせっかく効いてきてくれた時薬なのに
一回忌のこととか納骨のことを考えると
自分の中の時計の針が逆周りしてしまいそうなので
「全部やらない。ごく日常の中の一日として過ごす!」
と宣言したばかりでもあります。

時間が戻ってしまうことが怖いです。
一年以上戻るなら大歓迎ですが。
あのトンネルの中にはもう戻りたくない。
たぶん、トンネルは抜けるためにあるんですよ。
戻ってはいけない場所なんですよ。。。

そんな感じなので。
今年の命日は、息子が住んでいた川越に出向いて
彼が大好きだった街を歩き、神社に詣り
彼が大好きだったお蕎麦屋さんで
彼をよく知っている人とおそばをすする予定。

そうそう。
最近、グリーフサポートというものを知り
いろいろ調べたり本などを読んでいるのですが
今、千の風さんからいただいたお花を眺めながら
これもグリーフサポートだなぁと感じています。

私、次男にはやめた方がいいと言われるんですが
どうにも辛くなると、あの会場を見に行きます。
車で前を通るだけの時が多いけれど。
そこは息子はもういないという事を
思い知る場所でもあるけれど・・・
それでも、なんだろうな・・・なんか気持ちが暖まります。

これもセルフグリーフケアになっているのだと思います。
悲しく寂しくつらい旅立ちの日ではあったけれど
息子らしい空間で、息子にかかわりのあった人だけで
ひとつにまとめることのできなかった息子の人生が
あの場所でだけひとつにまとめることが出来て
空に帰って行ったのだよなぁと、そんなふうにあの建物を眺めます。

そんなお話をしたら
「千の風は喫茶店だと思ってください。
葬儀とかやってない時はいつでもどうぞ」
と言っていただきました。

今度お茶飲みに行きます(笑)
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故人と共に生きる

息子がこの世から去ってしまった今日
(書類上は明日ですが、私は今日だと思っています)
私は、いつも八王子の地域通貨の活動でお世話になっている
浄土真宗「延立寺」の松本智量様にご紹介いただき
親鸞上人のお誕生会に出席させていただきました。

実家は曹洞宗、大学は日蓮宗系
(まぁ、これはどちらもあまり信仰心なし?)
普段は八百万の神で生活している身なので
今日、はじめて浄土真宗のお経を聞きました。
それはまるで音楽のようでした。
リズミカルで、抑揚に富み、詩吟とかみたいな。
・・・と言ったら失礼にあたるでしょうか?

だけど、そこに集まった檀家様たちが
声も心も一つにしてそれを唱えているのを見て
現代、こういう世界が失われつつある事と
今日私がここに来た意味は無関係ではないと感じました。

私が今日「延立寺」に寄せていただいた理由は
智量様が企画されたグリーフケアについてのお話を聞く為。

「グリーフケア」・・・日本語にすれば「悲嘆ケア」
私がこの言葉を知ったのは去年の年末くらいだったでしょうか。
twitterで、ある方が「めざせグリーフサバイバー」
というようなメッセージをくれたのですが
その時は「グリーフ?」という感じでした。

それからいろいろと検索し、本を読み・・・
世の中には自分と同じ苦しみを抱えている人が
沢山いる
それは時にサポートやケアが必要な場合もある
そして既にグリーフケアの活動をしておられる方もいる
そんなことを少しずつ知っていきました。

また、私は既に周りのたくさんの方から
グリーフサポートを受けていることにも気づきました。

だからこそ昨年の夏のあたりみたいに
1日どころかほんの1時間をやっと生きている様な
あの状態を脱することが出来たのだろうと思います。

今日は書きたいことが沢山ありますが
尽きることがないので、少しずつにしようと思います。

とりあえず今日は。

1年間、私を支えて下さった大切な方たちと
今日、本当に心に沁みるお話をして下さった
「リヴオンのてるみんさん」と
今日の会に呼んでくださった智量様に
まずは感謝をさせて頂くことにします。

また明日以降書こうと思いますが
今日、てるみんさんのお話を聞くにあたって
昨夜、とても不思議な・・・
いや、不思議ではないのでしょうが
ちょっとお導き的な事もありました。
それもまた今度書こうと思います。

今日。5月8日。
この日は息子のあちらの世界でのお誕生日です。
そして。
息子のいない春夏秋冬を一周過ごした私にも
なにかの意味でお誕生日だと思います。
そのお誕生日、最高の過ごし方ができたと感じています。

グリーフの話はまた続けて書いていこうと思います。

とりあえず明日は
「息子が好きだった街で
息子をよく知る人たちと
息子の大好きだった蕎麦屋さんで
息子の大好きだったお蕎麦をすする」
そんな風に息子と共に生きる、をしてきます。
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空の青、海の青(富士森秘話1)

今日の富士森で。
実は心震える出会いがふたつあった。
ひとつはこちらのご飯茶碗。

Blue*Benchのアトリエのごく近くに工房がある
「佐々木直美」さんの作品。

この青。
言葉にできない。
特に、内側の中心の青の深さ。

焼き物に詳しくないから
どういう焼きなのかは分からないけど
外側にはいくつもの流れ星。


一目見た途端に心を鷲掴みされました。

その瞬間・・・
清浄な空気の流れる浅間神社の横で
私は確かに亡くなった息子と一緒にいました。

彼は「青」が好きでした。
私も「青」が好きです。

「お母さんが好きなのは空系だよね。僕は海系だな〜」
とよく言っていたのですが、そんな言葉とともに
彼の笑顔が思い出されます。

「いい青だよね」って問いかけたら
「いい!深いっ!」という息子の声が聞こえました。

いつまでもいつまでも手のひらで包んでいたい。
そんな思いになる一品です。

空の青、水の青・・・
このお茶碗にはそのどちらもある気がします。

大切に、大切に、使わせていただきます。


<秘話の秘話>
心惹かれつつ、いったんは棚に戻したお茶碗。
結局、気が気ではなくてお迎えに行ったのですが
私が購入したその直後、夫がこれを求めに行ったそうです。
「すごく欲しそうにしていたから」と。

夫は夫でその時の私と息子の会話を感じたのかもしれません。
お店の方が「奥様が買ってくださいました」と言ったら
すごくほっとした表情をしていたらしい。

家に帰ってからサプライズで
「わぁ、このお茶碗・・・!」
という展開もなかなか素敵だったと思いますが
「自分で一足先に買っちゃった」というあたりが
うちの夫婦らしいなーなんて思ったりです。



 
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富士森秘話2 ある意味ソウルフード@カオマンガイ

長期間、私のブログやSNSを見て下さっている人なら
私のカオマンガイ好きについてわかってくれていると思います。
だけど、どこのでもいいわけじゃないってことも。

富士森の「メイノブちゃん」のだけなんです。
だって、そりゃそうだよね。
富士森のマーケットに出るようになって以来
どっちかがいないとき以外は毎回、毎回、食べていたんだもの。
もはやこれは私にとってソウルフードなのであります。

でもね、生きているといろんなことがあるじゃない?
メイノブちゃんは活動の場所を自分の地元に移した様だし
うちも前は「すみませーん、カオマンガイ4つ!」なんて言っていたのに
子供たちは2人とももう同行しなくなっちゃったし。

「寂しいなぁ」と思うこともあるんだけど
あんなにキラキラと輝くような思い出を持っていることを
本当に家族にも富士森にも感謝したい気持ちです。

そして、その思い出の中にいつも
「メイノブちゃんのカオマンガイ」があるのです。

さてさて、ここからが本題。

なんと、そのメイノブちゃんが、今日の富士森に登場したのです。
そしてね。そしてね。
これをくれたの。
「メイノブちゃんのカオマンガイソース」
(スプーンは言わずと知れた夫の漆塗り!)

おおげさではなく、夢にまで見るようなものです。
メイノブちゃんのバックからこれが出てきた時
そりゃ、泣くよね。泣いていいところだよね。
だってさ、うちの長男、本当にこれ大好きだったんだよー。
(彼のTwitterにもしょっちゅう登場していた〜)

普段なら富士森の日は
「くたびれたー、なんか食べに行こう〜」ってなりがちなんだけど
今日はなんとしても「カオマンガイを!」とお買い物して帰り
自分で作るのは初めてだけれど、これが我が家の「カオマンガイ」

うっ・・・うっ・・・美味しかったよ、ほんとに。
これだよ、これ。このソースだよ。

メイノブちゃん、ほんとうにありがとう。
(また富士森にもおいでよー。いつもじゃなくても。気が向いた時)

そうそう、いつもの小さな器に同じように盛り付けて
ちゃんとあちらの世界の長男にも分けてあげました。
「お、ひさしぶり。うん、美味い!」って言ってます。

<富士森秘話2>
・・・と書いている私ですが
メイノブちゃんがBlue*Benchを訪ねて来てくれた時
「おひさしぶりですー」という彼女の顔を見て
「おひさしぶり・・・」と口では言いながら
「誰だっけ、この顔知ってる顔だけど・・・」と思ってました(;^_^A

それがどうやらばれたらしく
「誰だかわかります?(笑)」とメイノブちゃん。
「いや、全然わかんない。誰だっけ?」と私。
むっちゃいい加減〜〜〜!

そ・れ・が・わ・た・し。

でもね。それはメイノブちゃんがあまりに綺麗だったからだよー。
私の頭の中のメイノブちゃんは
よれよれのTシャツに短パンはいてビーサンとか履いて
頭に布まいて、ちびっこぼーずを追いかけまわしているイメージ。

だからさ、ほんと見違えちゃったの。
ごめんね。

ちなみにカオマンガイなんだけど・・・
次男の感想「鶏肉のジューシーさ以外はこれでいいと思う」
って・・・それってさー、ダメ出しだよねぇ。
だって私がやったことって蒸し鶏作っただけだもん。
あとはメイノブちゃんのソースかけて食べたわけだし〜(;^_^A
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憧れのCONERUさん(長文になるに決まってる)

今日はとても久しぶりに遠出しました。

東京スカイツリーの真下まで。

私の憧れのお店が閉店すると聞きいてもたってもいられず。。。


coneruさん。

いつか行ける〜とずっと思っていて

だから、お店がなくなるなんて…

本当に、本当にショックだったんです。

 

「自分のお店を持ちたい」という気持ちが強くなったころ

ネットでいろいろなショップを見て歩いていました。

Coneruさんはそのひとつ。

 

民家のような借り家をお店にしちゃうという

ひとつの方法を提示してくれたのもConeruさん。

オリジナルのConeru人形が人気者で

オリジナルって大切だなぁ〜と教えてくれたのもConeruさん。

 

いつか絶対Coneruちゃんを買いに行きたいと思っていました。

やっと重い腰を上げたのが閉店の数日前だなんて。

 

 

 

 

何から何まで素敵です。

店主さんも本当に柔らかい方。

不躾な私の質問にも丁寧に答えてくれて。

 

だけど、お話しできたのは本当によかったな。

この方はきっとこの先引っ越す先々で何かする方だってわかったから。
それならきっといろんなところの活性化になる!って。
Coneruちゃん買ってきましたよ。
今、私のアトリエの大切なお人形の集い場でにっこりしています。
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守られているのかもと思ってる

出店予定だったイベントに
何かしらの理由で出られなくなると
ガッツリと落ち込む癖がある私。
いや、こういう事やってたらきっと誰でもそうよね。

でも、今回ちょっと違った。
特に原因のないエンジンヒューズ切れ。
すぐに直って24時間後には戻ってきた。
そのせいもあるんだろうけれど
きっとあの日あの場所で車が止まっちゃったおかげで
なにか大きなトラブルにあわずに済んだのでは?
そんな風に感じている自分がいる。

昨日、まだ車が戻ってくる前に
富士森の神社と近くの稲荷神社に
珍しくテクテクと歩いていき
お守りくださってありがとうございました
と手を合わせた。
そして家に戻った瞬間に車屋さんから
修理終わりました、の電話。
家の神棚にも感謝伝えてBB号のお迎えに行ってきた。

ホッとしたなー。
まだまだこの車と一緒にいたいもん。


富士森の鳥のなる木


お稲荷さんの見事な彫刻
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年が明けてすぐの頃(もしかしたら初夢?)
久しぶりに息子の夢を見た。

この1年に何度か夢に出てきてはくれた。
だけど夢の中で彼はいつも死んでいた。
あちらの世界から尋ねてきた設定。
ぼんやりと表情のわからない顔で
いつも少し辛そうにしていた。
ある時には夢の中で発熱していた。

「こっちはそんなにもつらいんだね」と聞くと
「うん」と頷いてフラフラになっていた。
「もう帰っていいよ。また来てね」と送った。

なにか大勢集まっているところに来て
部屋の隅っこで膝を抱えて座っている時もあった。
あの時も膝に額をつけて辛そうにしていた。
私はただ黙って彼の頭を撫でていた。

しんどそうな夢ばかり・・・。

だけど今年になって見た夢で
彼はあちらから来た人ではなかった。

誰かが廊下に何か水みたいなものをこぼして
私は「もう〜(`_´)」とか言いながら
雑巾でそれを拭いている。
息子はそれを椅子に座って
少し振り返り気味に見ていた。
「ごくろうさん」って軽く思ってる感じで。

初めてだね。
まるで生きている時みたいな姿。

つらさから放たれたのは彼の魂か。
私がなにか変わったのか。

私はこの夢をスピリチュアルに考えるには
ちょっと現実派なのかもしれない。

夢は脳が何かを整理するために見ると思っている。

そしてこれまでは息子にとっては
この世よりあちらの方が居心地がいいのだ
そう思うことで、そういう夢を見ることで
死を受け止めようとしたんだと思う。

そして今はもうどんな夢でも
とにかく彼の顔を見られれば嬉しい。
目覚めた時にそれが現実ではない事で
涙にくれるということも多分ない。
多分ってのは、本心。
日によっては・・・程度の不安定はまだあるから。

でも、なにかがちょっと変わったのかもしれない。

そんな気持ちで過ごしている今年の始まり。
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受け継ぐもの

2011年9月。私が富士森の手仕事アートマーケットに初めて出た月。その時から常に同じ場所で同じ空気を味わっていたアトリエEbonさんの訃報。悲しい。寂しい。いつもそこにいるのが当たり前だったから。「コマおじさん」はいつも子どもに囲まれていた。

うちの夫が漆器を富士森で販売するようになってからは夫とよく話しているのを見かけた。木の種類、性質の話を教えてくださったり、夫は漆の塗り方や道具の事をを伝えたりしていたらしい。夫もショックな様だ。

数年前に買ったEbonさんの菓子鉢がうちにある。桜だったかなー?縁に皮が残った状態で鉢型にくり抜いたもの。



実はある日突然パカーンと縦にヒビが入ってしまったのだけど、夫が漆でそのヒビを埋めてくれたから今も大切に使っている。




いろんな種類の木でいろんなものを作る方だった。目の前の木の木目や外皮をどう生かすか、どんな器(おもちゃ)にするのがいいだろうかといつも挑戦をし続けているように感じた。本当にいろんなものが並んでいたなぁー。

Ebonさん、この菓子鉢、大切に使い続けるよ。そして見る度にたくさんの子供に囲まれてコマ回しているEbonさんの事を思い出すよ。

合掌(泣)
 

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お茶会@巣鴨 勝林寺

涙は流さないと溜まるんだよってよく聞くけれど

涙がたまると素直じゃなくなるし後悔ばかり増えるし、その結果人を恨んだりもする。
 

そして、泣けばいいじゃんって言われても3年も経つとなかなか泣けなくなる。
家族にすら私の寂しさはもう過ぎ去ったものとしか理解されなくなる。
何も変わっていないんだけどね。
変わらない部分がちらりとでも顔を出すと、そのグリーフは出る杭のように打たれる。
でも、それが当り前だよって言ってもらえる場所もある。
 
今日私はそういう場所にお招きいただいて(実にジャストなタイミングで)
猛暑の中、久しぶりに電車に乗って行ってきました。
 
巣鴨にある勝林寺のほっこりお茶会。
主催はグリーフケアの活動をされているてるみんさん。
 
お線香のにおいを胸いっぱいに吸い込んで、ご住職のお盆のお経に耳を傾ける。
ご住職の立ててくださった抹茶をいただく。
 
「心閑かなれば茶の味は清々しい」・・・まさに。
 
日本茶マイスターのお話に「知らないことばっかりだなぁ」と頷く。
お茶のこと以外考えない3時間。
なんて贅沢な時間なんだろうな。
 
多分これでいい。
泣いてもいい場所にたまにひっそりと座れれば、多分生きていける。
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ご縁

本当なら「新作完成」とか「ご注文品紹介」とか
そういうタイトルになるような記事なのですが
今回はちょっと違う、だからカテゴリーも「いろいろ思うこと」で。

写真の2点はTwitterでお知り合いになったminakoさんにお買い上げいただいた
「ちょっとそこまでA4バック」と「斜め掛けポシェット」

あまり細かく書くのもなくなんでザクッと書くと
minakoさんは3年とちょっと前のお通夜の夜
私にTwitterのDMを下さいました。
今にして思うと、会ったこともない、どんな人間かもわからない私に
あのDMを送るのには勇気が必要だっただろうと思います。
 
私はあの夜、その言葉に救いを求め、その言葉を抱きしめていました。
まだ肉体のあった息子の横で何度も何度もそれを読みました。
そのあと何か月も何度も何度もそれを読み返しました。

そしてそれから少し時間が流れて…ある日。
そのDMをくれた方にお礼を言いたくなりDMを探してみたけれど
なんとしたことかそのDMが見つからない。
 
なんだか自分の意識がこの世のものじゃない感じでいた期間に
何度かTwitterからも居たり消えたり逃げたり、いろいろだったので
その間に何人もの友達を積極的になくしたり去られてしまったり…
メッセージもそんなことでなくなってしまったのかもしれません。
あろうことか私はそれを送ってくれたのがどなただったかも失念していました。

だいぶ時間がたってからTwitterで
「もしあの時DMをくれた方がまだ私のそばにいてくれる方だったら
本当にありがとうございました」ということをつぶやいたら
「私だー!」と言って下さったのがminakoさんでした。

そんな関係のminakoさんです。
そのminakoさんが新作できたよツイートを見てお買い物して下さる
そんな日が来るなんて…とそのご縁を不思議に思いつつ感謝しかありません。
 
先にあの世に行ってしまう人はいろんなものを持っていくなぁと
そんなふうに思うことの方が多いですが
最近、いろんなものを残していってくれるなぁということも多いです。
 
今日、これを書いておこうと思ったのは
もし身近に何かつらい思いを抱えている人がいて
その人にかける言葉を探している人が居たら
minakoさんが教えてくれたこの吉田松陰の最後の言葉が
役立ったりするかもしれないと思ったから。

そして自分の生を考えた時「もう夏ではないな」とは思うけど
同じ秋ならまだ晩秋ではないと思いたい…そんなことを今は考えています。

minakoさん、改めてありがとうございました。

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今日、私が死を目前にして、平穏な心境でいるのは
春夏秋冬の四季の循環という事を考えたからである。

農事で言うと、春に種をまき、夏に苗を植え、秋に刈り取り、冬にそれを貯蔵する。
秋、冬になると農民たちはその年の労働による収穫を喜び
酒をつくり、甘酒をつくって、村々に歓声が満ち溢れるのだ。
つまりその年の労働が終わったのを悲しむ者がいるというのを聞いた事がない。

私は三十歳で生を終わろうとしている。

未だ一つも事を成し遂げることなく、このままで死ぬというのは、
これまでの働きによって育てた穀物が花を咲かせず、
実をつけなかったことに似ているから、惜しむべきことなのかもしれない。

だが、私自身について考えればやはり花咲き実りを迎えたときなのであろう。
なぜなら、人の寿命には定まりがない。
農事が四季を巡って営まれるようなものではないのだ。


人間にもそれに相応しい春夏秋冬があると言えるだろう。
十歳にして死ぬものには、その十歳の中に自ずから四季がある。
二十歳には自ずから二十歳の四季が、
三十歳には自ずから三十歳の四季が、
五十、百歳にも自ずから四季がある。

十歳をもって短いというのは、夏蝉を長生の霊木にしようと願うことだ。
百歳をもって長いというのは、霊椿を蝉にしようとするような事で、
いずれも天寿に達することにはならない。


私は三十歳、四季はすでに備わっており、花を咲かせ、実をつけているはずである。
それが単なる籾殻なのか、成熟した栗の実なのかは私の知るところではない。

もし同志の諸君の中に、私のささやかな真心を憐れみ、
それを受け継いでやろうという人がいるなら、
それはまかれた種子が絶えずに、穀物が年々実っていくのと同じで、
収穫のあった年に恥じないことになるであろう。

同志諸君よ、このことをよく考えて欲しい。

(古川薫著「吉田松陰 留魂録」現代語訳より抜粋)
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お誕生日

今日は亡くなった長男の誕生日。

何年経っても命日はその前後
「救えなかった後悔」に襲われて
たまらなく落ち込んでしまうんだけど

誕生日は私の元に生まれてきてくれた事への
感謝の気持ちに満たされるようになった。

彼がいなかったら知らなかったたくさんの事がある。
それがあまりに多いから悲しみのスイッチも多いけど
それは有難いことなんだな、というふうに思う。

今日は阿佐ヶ谷神明宮に、その感謝を伝えに行ってきた。









お誕生日おめでとう。
そして、ありがとう。
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